■ 一万回のキスを降らせて ■
『愛してる』
ほんの少し前までは、なんて簡単で単純で嘘くさい言葉なんだと思っていた。
けれど今、その言葉を口にしようとしている自分がいる。
簡単で単純で嘘くさくても、それしか言い表せる言葉がないからだ。
「……愛してる……」
隣で珍しく熟睡している恋人に向けて、呟くように言った。
俺の体は俺のもの――――そう、ずっと思っていた。今も思っている。でも、今この瞬間だけは、お前のものだ。
「……寝てる間に言うんは、卑怯やで?」
「お、起きてたのか!?」
寝ていたはずの恋人は、顔だけこちらに向けてにやりと笑っていた。
「しかも何や、物凄い殺し文句やん」
「てめ……!」
かっとなって声をあげようとした瞬間、忍足は身を乗り出して、耳元に口を寄せて、言った。
「俺も、愛してるで」
「!」
恥ずかしい言葉もさらっと言える恋人に謀らずとも赤面する。
「な、キスしてもええ?」
にっ、と口の端だけ持ち上げて微笑んで、俺の答えを待たずに口付ける。
「ん……!」
昨日も何度も何度も感じた忍足の唇。一瞬だけ触れたかと思えば、甘噛みするように唇を啄ばむ。
「俺なあ、気付いたんや」
「……何にだよ」
「この手は、この足は、この体は……この唇でさえも、全部跡部のためにあるって」
目の前の恋人は、それがすごく幸せなように、嬉しそうに笑っていた。
「跡部のためなら何だって出来るような気がする。跡部のために使えたら、きっと幸せや」
「……、馬鹿じゃねーの」
どう返事をしたらいいのか分からなくて、ただ呆然としてしまう。さっきまでの自分の考えていたことと同じことを言われて、たじろぐ。
「愛してる」
その細くて尖った目から鋭く見つめられると、一瞬からだが固まるのが分かる。忍足が真剣だというのが伝わる。
こいつは、本気で、愛していると言っている。
こいつは、本気で、俺のために生きているのが幸せだと思っている。
今も、俺の返事を不安げに待っている。
「……バーカ」
ふっと笑いがこみ上げる。こいつがこんなに馬鹿だったとは。俺がいないと生きていけないなんて。
なんて――――愛しいんだろう。
「キスしろ」
「……」
忍足は一瞬目を丸くしたが、くすっと笑うと「ええよ」と言って口付けた。
「いくらでもしたる」
『愛してる』の言葉がこんなに意味を持ったものだったなんて。
きっとお前に会わなかったら、俺は一生分からないままだったにちがいない。
くだらないと思っていた言葉がこんなに温かく安心できるのは、きっとお前が言うからなんだろう。
お前が言うから俺はその言葉を信じてみようと思う。
「一万回、キスしろ」
「ええよ」
「数かぞえきれへんほどしたるわ」と付け加えて、何度も俺の唇を覆った。
体中に、キスの雨を降らせた。
それは小さな紅い花となって俺の体に残っていった。
まるで所有物と言わんばかりに。
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米子様が管理される、忍跡中心のテキストサイトU + Kの一万打記念フリーこばなしでした。
こっそりとお持ち帰りさせて頂きました。(2005.9.5)
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